親の心子知らず、親になるのに資格は要らぬ
ようやく4月ですね、この春は公私共に多忙でした。私的には悲願のベトナム旅行を果しました。何故悲願かと申しますと、私のパスポートには5年前の日付のベトナムビザのシールが貼ってあります。しかしそれは使われることはありませんでした、なぜというと一緒に旅する筈だった姉が直前に尾てい骨骨折?!したからです。しかも酔っ払ってタクシーで帰宅も、へべれけで自宅玄関前で尻モチを付き見事尾てい骨骨折となりました。医者にも「尾てい骨骨折は安静にしている以外治療法がない」と言われ、泣く泣く旅行を諦めたのでした。私は一万円もする低反発スポンジ座布団をお見舞いにプレゼントし、泣く泣く旅行を取りやめたのでした。
酒が絡む彼女の失敗談(気違い行為と呼んだ方が正確かも)はこの程度では収まりません。彼女は山の手の区役所勤務の「れっきとした固~い地方公務員」ですが、酒を飲んではぐでんぐでんに酔っ払い、いつだか帰って来ない夜がありました。翌日帰宅後聞いたら、「今朝目が覚めたら上司の家の客間の布団の上に寝ていた」というのだから仰天!何しろ例の如く職場の同僚とぐてんぐてんに酔っ払い、上司に当たる方は「こんな姿を親御さんにとてもお見せ出来ない(たぶん母も見たら卒倒でしょうが)」と皆で彼女を担いで上司の家に担ぎ込んだは良かったが、玄関に倒れ込みそのまま寝込んでしまったと。そこから先は上司と奥さん、始末の悪い姉を抱えて客間の布団に運んだんでしょう、迷惑この上ない酔っ払いです。
ちなみにこのような酒癖の悪い姉を持つ私ですが、姉妹とはいえ似ても似つきません。女の酔っ払いは大嫌いです。彼女がこれほど酔っぱらう理由は解らないではないのです、ちょっと家庭に事情がありまして、お酒に逃げているという印象を持ちます。どこの家庭も余所には言えない事情の一つや二つあって当たり前でしょう。そんな彼女ですが、職場で一緒だったという男性と結婚することになりました。周りも「これでようやく彼女の生活も安定するだろう」・・・・何しろ母親は「安定が第一、普通の幸せが一番」と公務員にさせたのですから・・・と思っていましたが、そうは行きませんでした。
相手の方のご両親は、父親(とても固いご職業で園遊会にも出席するだろうお方)の暴力で彼が幼少期に離婚。母は女手一つで男の子二人を一生懸命育てたのだろうが、男の子二人の心は取り返しがつかない程傷ついたようでした。父親は程なく再婚し、子供が生まれ、二度と先妻の子とは対面しなかった。母親は、これは後から解るのだが、経理事務員だが、私的にはある個人病院の院長の愛人を長いことしていた。
院長の奥さんは寝たきりで病院に長いこと入院、と火曜サスペンス並みの舞台設定。そして義理の兄はそのような幼少期を経て生涯誓ったことがあるのでした。それはとても夫婦生活にとって大事なことでしたが、姉が知ることになったのは結婚後でした。「僕は両親が離婚し、不幸な幼少期を送った。だから絶対子供は要らない!」
姉は子供を望んでいましたが、我が親戚一同の大激怒「そんな自分勝手な言い分は許されない、そんな男とは今すぐ別れろ」の大合唱!の中でも、絶対離婚をしませんでした。彼女なりに、「私には彼のような人しか・・・・」という自暴自棄或いは諦めが存在していたのだと思いました。セルフイスティーム何です。また自分の選んだ結婚相手が「失敗」だったなどと、お嬢さん学校の仲間にも世間にも自分にも、決して証明したく無かったのだと思います。いつだか姉が私に「お嬢さん学校の同級生は皆30前に結婚、私だけ取り残されたくなかった。誰でも良かった。彼にはお友達が居ないから、私から離れて行くことはない!」と言い切ったのには驚きました。親戚の「別れろ!」大合唱が強くなればなるほど彼女と義理の兄の絆は強くなっていったのが真実です。姉は子供の頃から成績トップクラスで明るく、健康優良児として母の一家の誇りでした。私はどうでもいい次女(笑)として「好きに生きろ」と放任主義。そのせいか同じ姉妹でも全く違う生き方をしました。
義理の兄の母親はというと、その後寝たきりの院長の奥さんが長い闘病生活の末お亡くなりになり後妻に迎えられました。そこには出来の良い長男が医師を継ぎ、そしてまた2時間ドラマのように、ぐれてしまった高校中退の二男が居ました。後妻に入ってもそれ以前長いこと妻の役割をしていたため、周りからもすんなり受け入れられ、ぐれた二男ともそれなりに上手くやって居たそうです。
ところが今度は、事実は小説よりも奇なり、ほどなく院長がゴルフの最中に突然心臓発作で急死!後妻に上がった義理の母は、「わたくしはもうここに居る理由がありません」と、死亡生命保険を除き、すべての財産を放棄し籍を抜き家を出ました。保険金でマンションを買い優雅に余生を送っているらしいです。
義理の兄にはさらに兄が居るのですが、伝え聞きですが、女手一つで兄弟を育てる母に代り、毎日夕飯のお米をとぐのが日課だったそう、いつぞや結婚の報告がありました。なにやら子持ちのバツ一の女性と結婚し、これまた「自分の子供は要らない」と宣言しているらしいのです。このお話全てに、因果応報を感じるのは私だけでしょうか?
さて公的にはやけに英語教室入校希望者が後を絶たず、対応にてんやわんやな毎日でした。ちまたではNO○A倒産の影響が業界を震撼しているらしく、英語教室の売上が激減しているそうです。業界のイメージダウンが原因らしいです。
ところが、わたくしが主宰する小さな教室は早くから大手とは一線を画す教育運営方針を取っていたため、反動(?)だかなんかで難民(笑)が殺到、うれしい悲鳴を上げているというところ。そしてすべての希望者を受け入れることはキャパシティ上出来ない、かくしてカウンセリングと称する(親子面接)を行うことになっている。
ここで私がスクリーニングしている事項は以下のとおり:
- (親に)一般常識はあるか
- 基本的礼儀やしつけが出来ているか
- 親子間のコミュニケーションは良好か
- 年齢・性別・兄弟の有無
- 私立か公立か
- 受験の有無
- 居住地
この中に「英語力」は出てこない、英語力は最後の最終ポイントである。何故なら(私が)教えればどんな子でも、”時間+お金”をかければ、何とかある程度形にはなるから。
ひとつひとつ解説して行くとこうなる。まず1の「親に一般常識はあるか」であるが、ここの大事なところは、「親に」である。一般常識のある親の子は一般常識を保持している、これ一般常識(失笑)。名を名乗らない、挨拶もしない、感謝の気持ちも持たない、尊敬の念も抱かない、他者の迷惑は度外視して自分の欲求だけを一方的にまくしたて、人が話をしだすと早々に切り上げる、人の話を聞かない常識の無い親は即退場である。今の時代なんでもアウトソース、教育もしつけも英語も子育ても、お金払っているんだから威張って当然という呆れた親。そしてこういう親に限って滞納ナンバー1なのだ。私もここまで言えるのに5年費やした(涙)。
2の「基本的礼儀やしつけ」であるが、1がクリア出来れば2はほとんどクリアである。逆に2が備わっていれば1もクリアなのである。たとえば靴の脱ぎ方、私も自分のマナーの悪さを省みて恥ずかしくなるのだが、良い家のお子は、靴を揃えて脱ぎ、さらに次に入って来る人の為に脇に寄せるのだ。親子の靴が奇麗に脇に寄せてある絵を見るのはとても清々しく気持ちが良い、そしてこういう親子を受け入れると後々間違いがない。また挨拶であるが、昨今挨拶がきちんと出来るお子も少ない。きれいに靴を揃えるお子さんは挨拶や感謝の言葉もスムーズに口から出る。わたしも痛い経験から人を見る目を養ったつもりだが、時々見落とすケースもある。そういう場合でも素直なお子さんであれば、注意をすると決まりを守るようになる。何故なら「ルールを守らない子は退校を命じる」と前もっておふれを出しているから(笑)。
3の「親子間のコミュニケーション」であるが、これが非常に重要である。親子間のコミュニケーションが無い、或いは出来ていないお家は、夫婦間の子育てに対する考えも統一が出来ていないと推察する。家族の団らんや会話が十分持たれているか隠しても外から分かるのだ。家族間のコミュニケーションが乏しいお宅の親、或いは母親・父親は自分の子育てや教育方針を一方的に独断的に子供に押し付け強制する。こういうお宅のお子は心も暗く、学力が上がった試しが無い。たとえ小学生までは独断的親に従ったとしても、思春期反抗期を迎え体が両親を超えればそれで独裁体制はピリオド、あとは反動で親の望まない方へと子供は進む。
4の「年齢・性別・兄弟の有無」は技術的なことに関係してくる、何歳でこのレベルの英語、中学生までにどれだけ英語力を上げられるか、こちらで算段をしているのだ。兄弟の有無は、最近一人っ子がやたら多いので、まあ子供に社会性があるか、親の関与度を推察する道具になる。一人っ子でも母親が働いているお宅と専業主婦では大きく違う、一人っ子でしかも専業主婦となると母親が全時間・人生を子供に捧げ、あまり良い影響を子供に与えない。結末は3と同じである。
5の「公立か私立」であるが、これは親の経済力を図る指標に加え、子供は「人生の中で何か大きなことにチャレンジした経験があるか」どうかが判断出来る。昨今のお受験熱は想像を絶し、単なる経済力だけでは有名私立は入学出来ない。その勝ち体験が英語学習に良い影響を与えるのではという希望(結果としてはこれだけでは分が悪かった)と、一貫校であれば受験が無い分、長期的視野に立ち英語指導に臨める利点があるのだ。
6の「受験の有無」であるが、基本的に中学受験者はお断りしている、英語の勉強に費やす時間があったら少しでも高いレベルの私立に受かって欲しいからである。英語の勉強はそれからでも遅くはない。昨今公立学校に対する批判、不安(ゆとり教育の弊害による学力低下、いじめ、教師の質の低下)などで私立を志願する親が増加の一途。しかし友人のお受験カウンセラー(中高を開成、東大医学部へと進んだ)に聞いても、お受験はそんなに甘いものではない。親が卒業生だからとか、過去問を自宅でやった位では受かる筈がない、しかも中途半端な私立なら行く意味がない。私も全く同意見である。
最近の親は 「これからの子供に英語は必要」「私が出来ないからせめて子供に」と壊れたラジオのように”どいつもこいつも”繰り返し、私を辟易させる。私の友人で留学体験者は、「”これから”ではなく”今もう”必要だよね(笑)!」 そして親は、あれば自分の成功体験を誇らしげに語り、「なのに英語が出来ない」と嘆き、成功体験が無ければ、「成功出来なかったのは英語が出来なかったせいだ」と主張する。困ったものだ。こういう風に極端に親の英語に対する思い入れが大きい親子もお断り対象である、結末は3と同じであるから。
最後の居住地であるが、これは通学出来るか、時間帯設定のための情報である。遠ければ通学も大変、続けるのも大変という考えなのであるが、以外と遠くから通われる生徒の方が熱心である。わざわざ遠くから通ってくるのは理由があるのだろうし、こちらも嬉しい。
さてここまで偉そうなことを書き立てたが、私学故、キャパが限られている故選別は止むを得ないのである。教える側としては計画的授業のため長く通って欲しい、真面目に勉強して欲しい、気持良く親子と接したい、授業料の滞納も避けたい(失笑)、英語で良い成績を取って欲しい、一番にこういうセリフを言うのも大がましいが、”英語だけでなく深い情操と教養を兼ね備えた”「国際社会で通用するエリート養成」というわが教室の教育方針実現の為なのである。その為高い授業料を払って遠くから通ってくる親子に対し、また社会に対し存在意義を証明出来ない、スタンダード維持、そう思う次第である。
先日社会人生徒さんとこんなチャットをした。
「今年も、”お受験通りました”、”落ちました”って両方が来たんだけど、ここだけの話、”通る人通らない人”一目で解るのよう・・・・・」
「”親”ですか」
「そのとおり(失笑)」
あーあ皆の了解事項のようです。親の見栄一つで子供をお受験に走らせ、落ちたからと越境留学で遠くの公立中学にやらせる。結末は3と同じ。
こう色々やってきて偶々名門私立小お受験のサイトに遭遇。今更加熱するお受験熱にびっくり、そして各名門私立小のサイトを見るとこのようなことが書いてありました。
K小学校新舎長が入学式に幼稚舎生と約束された事は、
またR小学校の教育理念「わたくしたちのもくひょう」にはこんなことがあります、
↑を見るとつくづく名門私立小の特色と先生方の御苦労が拝察出来ます。私立としての存在意義、それは公立とは違う、卒業生&在校生&父母が一つのコミュニティを形成し、そのコミュニティの特色を維持存続させなければならない。だから選別止むなし、そのコミュニティに属する人々が誇る特色を維持出来るよう、少しの気配(例えば一人で素早くかつ脱いだ物を綺麗にたたんで体育着に着替えられるか)で将来を推察しているのだ。各学校には固有の教育方針があり、選別手続きや「受かった子」(親ではない)を見ると、「ああこういう事か」と直ぐ合点が行く。それだけ名門私立小の受験担当者は選択眼が鋭い、「付け焼刃」では太刀打ちできない。
しかし難関を通り抜けてもそれで大学まで安泰とは程遠く、親の心配子知らず、私の姉のように神童と呼ばれ、親のレールに乗っかり進学就職したまでは良いが、親が反対する相手と結婚、あげくの果てのんだくれて尾てい骨骨折とは「お願いだから成ってくれるな」と切に願うわたしでした。
今日のお言葉:「親の心子知らず、親になるのに資格は要らぬ」チーン!
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