2008年4月14日 (月)

親の心子知らず、親になるのに資格は要らぬ

ようやく4月ですね、この春は公私共に多忙でした。私的には悲願のベトナム旅行を果しました。何故悲願かと申しますと、私のパスポートには5年前の日付のベトナムビザのシールが貼ってあります。しかしそれは使われることはありませんでした、なぜというと一緒に旅する筈だった姉が直前に尾てい骨骨折?!したからです。しかも酔っ払ってタクシーで帰宅も、へべれけで自宅玄関前で尻モチを付き見事尾てい骨骨折となりました。医者にも「尾てい骨骨折は安静にしている以外治療法がない」と言われ、泣く泣く旅行を諦めたのでした。私は一万円もする低反発スポンジ座布団をお見舞いにプレゼントし、泣く泣く旅行を取りやめたのでした。

酒が絡む彼女の失敗談(気違い行為と呼んだ方が正確かも)はこの程度では収まりません。彼女は山の手の区役所勤務の「れっきとした固~い地方公務員」ですが、酒を飲んではぐでんぐでんに酔っ払い、いつだか帰って来ない夜がありました。翌日帰宅後聞いたら、「今朝目が覚めたら上司の家の客間の布団の上に寝ていた」というのだから仰天!何しろ例の如く職場の同僚とぐてんぐてんに酔っ払い、上司に当たる方は「こんな姿を親御さんにとてもお見せ出来ない(たぶん母も見たら卒倒でしょうが)」と皆で彼女を担いで上司の家に担ぎ込んだは良かったが、玄関に倒れ込みそのまま寝込んでしまったと。そこから先は上司と奥さん、始末の悪い姉を抱えて客間の布団に運んだんでしょう、迷惑この上ない酔っ払いです。

ちなみにこのような酒癖の悪い姉を持つ私ですが、姉妹とはいえ似ても似つきません。女の酔っ払いは大嫌いです。彼女がこれほど酔っぱらう理由は解らないではないのです、ちょっと家庭に事情がありまして、お酒に逃げているという印象を持ちます。どこの家庭も余所には言えない事情の一つや二つあって当たり前でしょう。そんな彼女ですが、職場で一緒だったという男性と結婚することになりました。周りも「これでようやく彼女の生活も安定するだろう」・・・・何しろ母親は「安定が第一、普通の幸せが一番」と公務員にさせたのですから・・・と思っていましたが、そうは行きませんでした。

相手の方のご両親は、父親(とても固いご職業で園遊会にも出席するだろうお方)の暴力で彼が幼少期に離婚。母は女手一つで男の子二人を一生懸命育てたのだろうが、男の子二人の心は取り返しがつかない程傷ついたようでした。父親は程なく再婚し、子供が生まれ、二度と先妻の子とは対面しなかった。母親は、これは後から解るのだが、経理事務員だが、私的にはある個人病院の院長の愛人を長いことしていた。

院長の奥さんは寝たきりで病院に長いこと入院、と火曜サスペンス並みの舞台設定。そして義理の兄はそのような幼少期を経て生涯誓ったことがあるのでした。それはとても夫婦生活にとって大事なことでしたが、姉が知ることになったのは結婚後でした。「僕は両親が離婚し、不幸な幼少期を送った。だから絶対子供は要らない!」

姉は子供を望んでいましたが、我が親戚一同の大激怒「そんな自分勝手な言い分は許されない、そんな男とは今すぐ別れろ」の大合唱!の中でも、絶対離婚をしませんでした。彼女なりに、「私には彼のような人しか・・・・」という自暴自棄或いは諦めが存在していたのだと思いました。セルフイスティーム何です。また自分の選んだ結婚相手が「失敗」だったなどと、お嬢さん学校の仲間にも世間にも自分にも、決して証明したく無かったのだと思います。いつだか姉が私に「お嬢さん学校の同級生は皆30前に結婚、私だけ取り残されたくなかった。誰でも良かった。彼にはお友達が居ないから、私から離れて行くことはない!」と言い切ったのには驚きました。親戚の「別れろ!」大合唱が強くなればなるほど彼女と義理の兄の絆は強くなっていったのが真実です。姉は子供の頃から成績トップクラスで明るく、健康優良児として母の一家の誇りでした。私はどうでもいい次女(笑)として「好きに生きろ」と放任主義。そのせいか同じ姉妹でも全く違う生き方をしました。

義理の兄の母親はというと、その後寝たきりの院長の奥さんが長い闘病生活の末お亡くなりになり後妻に迎えられました。そこには出来の良い長男が医師を継ぎ、そしてまた2時間ドラマのように、ぐれてしまった高校中退の二男が居ました。後妻に入ってもそれ以前長いこと妻の役割をしていたため、周りからもすんなり受け入れられ、ぐれた二男ともそれなりに上手くやって居たそうです。

ところが今度は、事実は小説よりも奇なり、ほどなく院長がゴルフの最中に突然心臓発作で急死!後妻に上がった義理の母は、「わたくしはもうここに居る理由がありません」と、死亡生命保険を除き、すべての財産を放棄し籍を抜き家を出ました。保険金でマンションを買い優雅に余生を送っているらしいです。

義理の兄にはさらに兄が居るのですが、伝え聞きですが、女手一つで兄弟を育てる母に代り、毎日夕飯のお米をとぐのが日課だったそう、いつぞや結婚の報告がありました。なにやら子持ちのバツ一の女性と結婚し、これまた「自分の子供は要らない」と宣言しているらしいのです。このお話全てに、因果応報を感じるのは私だけでしょうか?

さて公的にはやけに英語教室入校希望者が後を絶たず、対応にてんやわんやな毎日でした。ちまたではNO○A倒産の影響が業界を震撼しているらしく、英語教室の売上が激減しているそうです。業界のイメージダウンが原因らしいです。

ところが、わたくしが主宰する小さな教室は早くから大手とは一線を画す教育運営方針を取っていたため、反動(?)だかなんかで難民(笑)が殺到、うれしい悲鳴を上げているというところ。そしてすべての希望者を受け入れることはキャパシティ上出来ない、かくしてカウンセリングと称する(親子面接)を行うことになっている。

ここで私がスクリーニングしている事項は以下のとおり:

  1. (親に)一般常識はあるか
  2. 基本的礼儀やしつけが出来ているか
  3. 親子間のコミュニケーションは良好か
  4. 年齢・性別・兄弟の有無
  5. 私立か公立か
  6. 受験の有無
  7. 居住地

この中に「英語力」は出てこない、英語力は最後の最終ポイントである。何故なら(私が)教えればどんな子でも、”時間+お金”をかければ、何とかある程度形にはなるから。

ひとつひとつ解説して行くとこうなる。まず1の「親に一般常識はあるか」であるが、ここの大事なところは、「親に」である。一般常識のある親の子は一般常識を保持している、これ一般常識(失笑)。名を名乗らない、挨拶もしない、感謝の気持ちも持たない、尊敬の念も抱かない、他者の迷惑は度外視して自分の欲求だけを一方的にまくしたて、人が話をしだすと早々に切り上げる、人の話を聞かない常識の無い親は即退場である。今の時代なんでもアウトソース、教育もしつけも英語も子育ても、お金払っているんだから威張って当然という呆れた親。そしてこういう親に限って滞納ナンバー1なのだ。私もここまで言えるのに5年費やした(涙)。

2の「基本的礼儀やしつけ」であるが、1がクリア出来れば2はほとんどクリアである。逆に2が備わっていれば1もクリアなのである。たとえば靴の脱ぎ方、私も自分のマナーの悪さを省みて恥ずかしくなるのだが、良い家のお子は、靴を揃えて脱ぎ、さらに次に入って来る人の為に脇に寄せるのだ。親子の靴が奇麗に脇に寄せてある絵を見るのはとても清々しく気持ちが良い、そしてこういう親子を受け入れると後々間違いがない。また挨拶であるが、昨今挨拶がきちんと出来るお子も少ない。きれいに靴を揃えるお子さんは挨拶や感謝の言葉もスムーズに口から出る。わたしも痛い経験から人を見る目を養ったつもりだが、時々見落とすケースもある。そういう場合でも素直なお子さんであれば、注意をすると決まりを守るようになる。何故なら「ルールを守らない子は退校を命じる」と前もっておふれを出しているから(笑)。

3の「親子間のコミュニケーション」であるが、これが非常に重要である。親子間のコミュニケーションが無い、或いは出来ていないお家は、夫婦間の子育てに対する考えも統一が出来ていないと推察する。家族の団らんや会話が十分持たれているか隠しても外から分かるのだ。家族間のコミュニケーションが乏しいお宅の親、或いは母親・父親は自分の子育てや教育方針を一方的に独断的に子供に押し付け強制する。こういうお宅のお子は心も暗く、学力が上がった試しが無い。たとえ小学生までは独断的親に従ったとしても、思春期反抗期を迎え体が両親を超えればそれで独裁体制はピリオド、あとは反動で親の望まない方へと子供は進む。

4の「年齢・性別・兄弟の有無」は技術的なことに関係してくる、何歳でこのレベルの英語、中学生までにどれだけ英語力を上げられるか、こちらで算段をしているのだ。兄弟の有無は、最近一人っ子がやたら多いので、まあ子供に社会性があるか、親の関与度を推察する道具になる。一人っ子でも母親が働いているお宅と専業主婦では大きく違う、一人っ子でしかも専業主婦となると母親が全時間・人生を子供に捧げ、あまり良い影響を子供に与えない。結末は3と同じである。

5の「公立か私立」であるが、これは親の経済力を図る指標に加え、子供は「人生の中で何か大きなことにチャレンジした経験があるか」どうかが判断出来る。昨今のお受験熱は想像を絶し、単なる経済力だけでは有名私立は入学出来ない。その勝ち体験が英語学習に良い影響を与えるのではという希望(結果としてはこれだけでは分が悪かった)と、一貫校であれば受験が無い分、長期的視野に立ち英語指導に臨める利点があるのだ。

6の「受験の有無」であるが、基本的に中学受験者はお断りしている、英語の勉強に費やす時間があったら少しでも高いレベルの私立に受かって欲しいからである。英語の勉強はそれからでも遅くはない。昨今公立学校に対する批判、不安(ゆとり教育の弊害による学力低下、いじめ、教師の質の低下)などで私立を志願する親が増加の一途。しかし友人のお受験カウンセラー(中高を開成、東大医学部へと進んだ)に聞いても、お受験はそんなに甘いものではない。親が卒業生だからとか、過去問を自宅でやった位では受かる筈がない、しかも中途半端な私立なら行く意味がない。私も全く同意見である。

最近の親は 「これからの子供に英語は必要」「私が出来ないからせめて子供に」と壊れたラジオのように”どいつもこいつも”繰り返し、私を辟易させる。私の友人で留学体験者は、「”これから”ではなく”今もう”必要だよね(笑)!」 そして親は、あれば自分の成功体験を誇らしげに語り、「なのに英語が出来ない」と嘆き、成功体験が無ければ、「成功出来なかったのは英語が出来なかったせいだ」と主張する。困ったものだ。こういう風に極端に親の英語に対する思い入れが大きい親子もお断り対象である、結末は3と同じであるから。

最後の居住地であるが、これは通学出来るか、時間帯設定のための情報である。遠ければ通学も大変、続けるのも大変という考えなのであるが、以外と遠くから通われる生徒の方が熱心である。わざわざ遠くから通ってくるのは理由があるのだろうし、こちらも嬉しい。

さてここまで偉そうなことを書き立てたが、私学故、キャパが限られている故選別は止むを得ないのである。教える側としては計画的授業のため長く通って欲しい、真面目に勉強して欲しい、気持良く親子と接したい、授業料の滞納も避けたい(失笑)、英語で良い成績を取って欲しい、一番にこういうセリフを言うのも大がましいが、”英語だけでなく深い情操と教養を兼ね備えた”「国際社会で通用するエリート養成」というわが教室の教育方針実現の為なのである。その為高い授業料を払って遠くから通ってくる親子に対し、また社会に対し存在意義を証明出来ない、スタンダード維持、そう思う次第である。

先日社会人生徒さんとこんなチャットをした。

「今年も、”お受験通りました”、”落ちました”って両方が来たんだけど、ここだけの話、”通る人通らない人”一目で解るのよう・・・・・」

「”親”ですか」

「そのとおり(失笑)」

あーあ皆の了解事項のようです。親の見栄一つで子供をお受験に走らせ、落ちたからと越境留学で遠くの公立中学にやらせる。結末は3と同じ。

こう色々やってきて偶々名門私立小お受験のサイトに遭遇。今更加熱するお受験熱にびっくり、そして各名門私立小のサイトを見るとこのようなことが書いてありました。

K小学校新舎長が入学式に幼稚舎生と約束された事は、

1.自分のことは自分でする。
2.うそをつかない。
3.お父さん、お母さん、先生の言うことを聞く。
4.友だちと仲良くする。

またR小学校の教育理念「わたくしたちのもくひょう」にはこんなことがあります、

1.健康で明るい子
2.すすんで行動する子
3.まわりの人を大切にする子

↑を見るとつくづく名門私立小の特色と先生方の御苦労が拝察出来ます。私立としての存在意義、それは公立とは違う、卒業生&在校生&父母が一つのコミュニティを形成し、そのコミュニティの特色を維持存続させなければならない。だから選別止むなし、そのコミュニティに属する人々が誇る特色を維持出来るよう、少しの気配(例えば一人で素早くかつ脱いだ物を綺麗にたたんで体育着に着替えられるか)で将来を推察しているのだ。各学校には固有の教育方針があり、選別手続きや「受かった子」(親ではない)を見ると、「ああこういう事か」と直ぐ合点が行く。それだけ名門私立小の受験担当者は選択眼が鋭い、「付け焼刃」では太刀打ちできない。

しかし難関を通り抜けてもそれで大学まで安泰とは程遠く、親の心配子知らず、私の姉のように神童と呼ばれ、親のレールに乗っかり進学就職したまでは良いが、親が反対する相手と結婚、あげくの果てのんだくれて尾てい骨骨折とは「お願いだから成ってくれるな」と切に願うわたしでした。

今日のお言葉:「親の心子知らず、親になるのに資格は要らぬ」チーン!

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2008年3月 4日 (火)

ちょっと気になること・・・

今日のニュースはあれ・・・自転車の三人乗りのことです。そうそうママが前後に子供を乗せヨタヨタ運転しているあれです。もともと道路交通法違反だそうですが今迄・・・警察でさえ手を出さなかった。それが最近の自転車による事故多発で取り締まり強化!

・・・・がぁ、急きょ引っ込めるんかぃ!

私はこれには納得が行かんのですわい。もう何年も前アメリカから日本に戻ってきて一番奇異に映った現象のひとつがあれですわ。ママチャリ三人乗り。何時頃から始まったのか・・・記憶には無いが。あれ子供が怪我する事故すごく多いのですよ。頭を打ちつけ!見ていると子供をあれに乗せたまま親が自転車離れるときも多いんですよね。そしてママ同士話に夢中になり背後で「がっちゃーん」何て倒れて!

でも今回特に「若い母親」から批判が多いと聞く。当然小さい子を抱えるのが若い母親だからだが、「子供を産むなと言うのか」とか、「現実問題どうやって子供を運んだら良いのか」等々。。。。確かに子供は1人でさえ扱いは相当大変である。でも昔は子供の数がもっともっと多かった。でもこのような問題は起こらなかった、何故?昔はおんぶ紐なるものが存在した。そう胸でばってんにするあれである。最近は所帯臭いのかカッコ悪いのか使用する母親は居ない。

私は若い母親達の抗議に、これはほんの一部であるのだが、「子供の安全が皆目蔑ろにされている」ことに大変憤りを感じるのだ。まずアメリカから戻って奇異に映ったことのもうひとつが子供のいる傍で母親・父親がたばこをもくもく吸うところ。なにしろ健康お宅のカリフォルニアで教育を受ければ「子供の肺は大人の数分の一、ニコチンの毒性は高まる」ということは常識、しかも子供の誤飲の一位は毎年たばこなのを皆さんご存じであろうか?先日どっかのあほ父親医師が猟銃を手入れ中に不用意にも弾を込めたままその場を離れ、幼児が自分の弟を誤射して殺したという事件があった。

それで海外と比べても事情が違うのかもしれないが、まずアメリカは車が一人一台なので保育園の送り迎えや買い物は当然車、しかも家族連れはバンが主流、このような問題は起こらない、セーフティーシートは当然着用。たまにスポーツ用自転車に子供を乗せて走るお父さんを見かけるのだが子供は必ずヘルメット着用である。なんせ子供は社会の宝という意識で、幼児虐待に対する刑罰は厳しい、ちょっとしたことで養育能力無しとして取り上げられる。幼児を車に残してパチンコなどあり得ない、何せ子供を家に残して親が外出すると警察に捕まるお国なのだ!だからベビーシッター制度が上手く機能している。ティーンの主要アルバイトだ。

先日地下鉄に乗っていて驚いたことがあった。半蔵門線の駅の下りエスカレータで赤ちゃんを乗せたベビーカーを上手くステップに乗せて若い母親が下りてくるでは無いか?!しかも直ぐ前にはエレベータがあるのに!当然エレベータには「危険!子供をベビーカーに乗せたままエレベータに乗せると事故の原因になります!」と禁止マークがある。なのにそこで電車を待っていた10分程の間最低三人の母親がベビーカーに子供をを乗せたままエスカレータを降りてきた。

驚きを隠せないそのシーンの最中、エレベータのドアがチーンと空いた。そこには金髪の外国人若い母親が子供を乗せたベビーカーと共にエレベータから降りてきた。ここで重要なのは「エレベータが無かったから」という言い訳は通用しないのだ!すぐ横にあり「気付かない訳が無い」のだ。ということは日本人の若い母親は押し並べて子供の安全には無頓着であるということだ。つまり「子供の安全より利便性を選択」した。

半蔵門線のホームではどこかで子供の泣き声が延々と響き渡る。それを心配そうに「大丈夫かしら」ときょろきょろする金髪若母親。

最近の母親・父親はこうだ。「子供が生まれると生活がガラッと変わった。行きたいところにも行けない。不便だ。」子供が自分の思い通りにならないと邪魔者、邪険、虐待。そして極めつけは、週刊誌のウケウリ、「自分らしさを失いたくない☆ 何時までも輝いていたい!」

要するに何でも「自分・自分・自分」なのである。こういう親が給食費を滞納したり、保育費を滞納したり、子供を保育園に預けママ仲間で空き巣を働き、奪った金でパチンコ三昧となるのかしら。。。。意識低すぎ、ため息しかでない。子供は親を選べないのにね。

英語教室の主宰をしてたりなんかすると母親からの問い合わせが良くあるのだが、ひところこういうのが多かった。

「預かってくれるところを探しています。」

「家は保育所ではありません(怒)。」

芸能事務所をやっている知人から聞いた話だ。子役タレント事務所が大流行だそうだ。そこに所属するだけで親はお金を払う、そうすると子供は養成所のようなレッスンに参加して「芸能界のイロハ」を学ぶことが出来るらしい。聞くと要するに「おはようございます。お疲れさまです。」等といった挨拶を教えてもらうらしい(涙)。そして端役やエキストラと大して変わらない役をやっては、「うちの子はTVに出ている」と周囲に自慢して喜ぶらしい。そして当の事務所はその”未熟な親の親心”を煽っては何万人も会員を集め大儲けをしているらしい。

日本の少子化の原因は案外こういうところにあるのではないのかなと思うのである。

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2008年1月31日 (木)

パワースポット

最近嵌っていること・・・昨年に引き続きスピリチュアルでしょうか。本屋に行ってもスピリチュアルのコーナーは色々な本で一杯。相変わらず江原さんは人気ですが、そろそろ下火でしょう。今年は昨年のベストセラー「女性の品格」に続けとばかり、普遍の価値観、日本人の美徳、悪いことをする大人・子供に対してはどうどうと声に出して社会が叱ろう!といった、バブルにより行き過ぎた日本社会にブレーキ・反省しようという感じです。

ある知人によると「若い人の間で”セドナ”というアメリカのパワースポットがブームである」とのこと。それを知って過去の写真帳を探してみた。確かに私はそこに行ったことがある、アメリカ在住の折、友人のペンパルを尋ねアリゾナ州フィニックスへ旅した。その時グランドキャニオンへ日帰り旅行をし途中セドナに立ち寄ったのである。その時はパワースポット、ヒーリングというより「西部劇の舞台」として紹介された。今はニューエイジ系のメッカらしい。

「スピリチュアル」と言っても色々な捉え方があるだろうが洋の東西を問わず、「大地には気が宿る」という基本的考え方からなり、「人は自分が日々暮らす大地から受ける気のパワーから大きな影響を受けている」となり、「大地のパワーが強大なところに行けば、人はその大地のパワーを直接受けることが出来、心身共に癒されパワーが漲る」というところでしょうか。結構芸能人の間でも吉方位での「お水取り」とかは盛んなようです。偉い政治家や有名人もお抱えの占い師というのが大抵居るらしいです。まあ朝青竜と細木数子など有名です。

でまあセドナはちょっと遠いので日本のパワースポットを調べました。すると伊勢神宮もそうなんですが、何しろ実は皇居が日本では最大らしいのです。徳川家康は偉い風水の坊さん天海僧正を参謀にし、風水に則り江戸城を含め江戸の町作りをしたそうです。徳川幕府はあれだけ栄え、その後途絶えたが今でも江戸(東京)の町はこれだけ栄えている。数々の風水師、陰陽師がこぞって皇居のパワーは強大だというのである。そして皇居は午前中の東からの太陽が射しているうちが一番良いというので行ってまいりました。

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Img_0038桜田門に降り立ち、国会議事堂を横目に皇居外苑へ。「不審な動きをする不審者」と訝しがる警備警察官の目を避けクリスタルボールを手に持ち大地のパワーを感じながら砂利道を行く。あたりは外国人観光客ばかりだ。

Img_0040 Img_0039 そして大手町近くの和田堀噴水公園へ。ここは噴水のマイナスイオンと合わせかなり風水パワーがあるそうで、ここで太陽を浴び、大地を感じ、新鮮な空気を吸い、マイナスイオンを沢山浴び、公園にあるカフェで一休みをする。

ひととおり大地のパワーを味わったあとは勿論腹ごしらえ、大手センタービル地下の鞍手茶屋へ。Img_0043 ここは磐梯のホテルが昔っから出しているけんちん汁の店である。ごろごろの大きな野菜や豆腐が入っている昔ながらのけんちん汁、付近のサラリーマンで一杯だ。昔ここいらの金融機関に勤めていた時分は一週間に一回は行った。値段は変わらないのだが、汁の具がちょっと少なくなったような気がする。寂しい。

やはり現代人・都会人は大地のパワーが足りない。みなさん「最近ちょっと付いていない、疲れが取れない、集中出来ない、イライラする」といったお悩みをお抱えの方、今週末にでも近辺のパワースポットを訪れてみてはいかがでしょう。都内にはその他いろいろあるようです。次回は明治神宮内の有名スポットへ行ってみようと思います。

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2008年1月25日 (金)

あいつがまたやってきた

あいつ達がまた今年もやってきた。冬を越すためにシベリアかどこか北の空から飛んでくるらしい。冬の天気の良い日は彼等を見ながら日向ぼっこなどすると、癒されるのである。海鳥であるのに何故噴水で水浴び?と思いながらあの白い綿毛と愛くるしい目に心が和む勝鬨橋たもとでの今日この頃。

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2008年1月24日 (木)

あいつがまたやってくる

あいつ、あいつがまたやってくるみたいなんです。しかも今年は去年の三倍もやってくるらしいんです。あいつにはいつも泣かされてますよ、眼は赤く腫れ上がり、かゆくてかゆくて、鼻水はだらだら、くしゃみは止まらない。

そして今年も早めに薬を飲み始めました・・・・あいつが来る前に。

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2008年1月21日 (月)

つけ麺 ごんろく

今日はぼやきもバトルも無い。おちも特にない。久々に食べ物の話である。フードファイターのソウルメートのお陰で年がら年じゅう上手い物は多分食べている・・・・そのおかげで逆流性食道炎なる病に正月辺りから悩んでいるのだ。ちなみにソウルメートが悩むのは痛風なのだが。。。そして医者に貰った逆流性食道炎に良い食事悪い食事たるチラシによると、

好ましい食事:おかゆ、パン、うどんなどの消化が良いもの。白身魚、半熟卵、鳥のささみ肉などの高タンパク質の食品。緑黄色野菜、果物、リンゴやバナナなどの高ビダミンの食品。

悪化させる可能性のある食事:ベーコン、牛、豚の脂肉などの脂肪分の多い肉。玉ねぎ、ニラ、にんにくなどの刺激の強い野菜。レモン、みかん、イチゴ、梨などの果物。いか、たこ、貝類、塩気の多い魚など消化が悪い魚介類。ケーキ、胡椒、チョコレートなど刺激の強いものや甘いもの。

↑がーん。世の中の上手い物全てでは無いか。。。。しかし脂っこい物は麻薬と同じ、体から切れてくると無性に欲するのである・・・・かくして病人食生活へ未だ観念出来ないわたしである(みつを)。

そして私が近頃お気に入りの店がここ両国にある「つけ麺ごんろく」である。週に一度両国で乗り換えをする機会があり、ある日ふと前を通ったら開店前だというのに行列が出来ている。私はそれほどのラーメンラバーでは無いが、気になり後日チェックに入ったのである。

入って直ぐ右側に券売機があり、つけ麺に並盛・中盛・大盛とあり、店のサービスで中盛、大盛でも並盛680円と同じ値段だ!さすが相撲の街両国!そしてトッピングがかなり充実している。お決まりの半熟玉子やチャーシューも勿論あるのだが、ここはお勧め「全部盛り(半熟玉子(しかも一個分)+分厚いチャーシュー三枚+野菜+パリパリのり+もちもち水餃子二個)300円」・・・・だって既に卵100円、チャーシュー200円別個トッピングでもう三百円ですからね、これはかなりお得600円分。しかも野菜が別盛で来る。Img_0031

つけ麺はしょうゆと味噌がある。味噌は割増。しかも激辛好きには堪らない、辛味というのもあり、券売機には「激辛」のボタンも!レギュラーのつけ麺も唐がらしが程良く効いている。ラーメン程好き好きで判断が分かれるものは無いが、カツオ出汁系、もちもち太麺といい、私的には今ナンバー1である。池袋のやすべえという有名店の出身者がやっているらしい。(ちなみにソウルメートのナンバー1は目黒の蒙古タンメン中本だが。。。)

ラーメン屋というのは困ったものだ、美味しいからと通うとだんだん味が落ちて行ったり、いつの間にか閉店しちゃうんです。昔のナンバーワンは豊洲、その次は亀戸であったが、豊洲は「本日スープに満足出来ないので閉店」なる看板が出るようになり、じきに閉店。亀戸の北海道ラーメン店は旨いと通ったら、ある日「当店は北海道のミートホープのひき肉は一切使用していません」という張り紙がかかり、その後行く度にスープが濁り旨く無くなった、どうやらアルバイトにまかせっきりらしい、そして終了。

しかしこのごんろくはかなりイケている。まずカウンターに置いてある水差しに墨が入っている。美味しい水をお客様に飲んで頂きたいとのこと・・・・これはかなり期待出来る。女性客が一人で入れる。店が綺麗なのだ。しかも行列を見越し、店内に行列用のベンチがこしらえてある。カウンターの下にも荷物置き場がある。板張りのカウンターもべたべたしてない。見ると客側のマナーが良く、ちゃんとカウンターに食べ終わった皿を戻し自分でカウンターを拭いて帰る。店内完全禁煙は基本。フードファイターのソウルメートによると、禁煙席も無いような店はたかが知れていると・・・・・たばこを吸えば味も匂いもわからなくなるから。

しかも見ていると女性客が辛味を注文、しかも中盛りとかを頼んでいる!すごい!私のとなりのメタボ若男、自分から中盛を頼んで残すなんて・・・品がない、タダだからって食べれないものを注文するなど、プンプン。そのむこうのおっちゃん、ラーメンにライスを付けて完食している方がよっぽどましだ。

良く同じ麺類で「スパゲッティは女一人で食べに入れるが、ラーメンは一人で入れない」という話は巷で良く聞く。「一人でラーメン食べている」と思われたくないというのだ。。。男でも「一人で松屋で夕飯を食べているところを目撃され恥ずかしかった」などと聞く。やせ我慢ほど無駄なことは世の中には無い。実際あの中本でも若い女性がマイゴムで髪の毛をいわき極辛ラーメンを平然と平らげる。綺麗なおねーさんばかりである。見ていてかっこが良い。何がカッコイイかというと「人目を気にせず、自分のしたいことが出来るか」という問題なのだ。しかし「恥ずかしくて行けない~」という場所は圧倒的に男子の数が多いのだから勇気を出して行ったほうが良いのではないのかしら・・・・・と言いながら私も一人で松屋には入れない(笑)。でも立ち食い鮨屋には行ったぞ!(エヘン) 一人で立ち食い鮨屋でおやじとだべりながら酒飲んだと知り会いの整体師さんに話したら、「何~、俺が50歳になったらやりたいと思っていたのに」と睨まれたっけ(笑)。そんなこともありました。

ちなみに清澄通りと京葉通りの交差点にあり、角には例のお相撲さん御用達のライオン堂Img_0032 がある、ここでおじいさんへのお土産をゲット!Img_0033 となりの鰻屋Img_00301 もなかなかお勧めで特にランチタイムのサービス重(半分がうな重、半分がキジ焼き重)が千円払っておつりが来る。水曜はレディースデーでおまけが付く。

ここ清澄通り沿いには他にも面白い店がたくさんある(両国寄席なる不思議スポット)のでまた次回にでもご紹介します。

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2008年1月 8日 (火)

命より大切な物・・・・

私は隅田川に程近いかっての下町、今は最開発真っ最中の都心に住んでいます。部屋の窓から築地市場や隅田川に架かる橋のライトアップが臨め、夜になると銀座地区のビルのネオンやら東京駅前再開発ビルの明かりがともりそこそこ綺麗なのである。

築地市場はとなると、私達が寝支度をし出す頃に始動するらしく、翌朝せりにかけられる海産物を運び入れるトラック等がひっきりなしに出入りし夜中こうこうと電気がついている。(私の生徒さんで、夜9時に寝て3時に起きそれから朝まで勉強するという大学院生が居て、その方のマンションも丁度築地市場が見え、夜一人で勉強していても”寂しくない”とのことである)そして市場で働く人は直ぐ解る。彼らは長靴を履いてそして自転車だ。まだ始発が動く前に市場に着いていなければならないそう遠くに住んでいられない。

数年前よりこの築地市場がお決まりの観光コースに飽きたと思われる(多分リピーター)外国人観光客の間で「日本のカルチャー」を体現出来ると評判になり、毎日わんさかわんさかカメラを首から下げた外国人観光客が訪れる。その数仕出し籠を持った板前さんより多いのではと思えるほどなのである。しかも昔は「生の魚」と聞いただけで、ディスガスティング(気持ち悪い)とかヤック(まずっ)とかの反応だったのが、最近は「オオトロ・チュウトロ・ツナ」と念仏のようにしつこく唱えてうるさいのである・・・・もう夢にも出てくるという風体なのだ。そしてトロと言えば日本、寿司の本場、トロのメッカ!Go to Japan! Go to Tsukiji!ってなっちゃうようなんです。ハリウッドスターまで来ちゃうんですから。

市場は本来プロ向けの場内と一般向けの場外があり、この場内のすし屋が安くて上手いと長蛇の列(しかもロンリープラネットに載っちゃったから尚更)、日本各地はおろか海外からも訪れ、二カ国表示も当たり前になりつつある。まあ「外国人お断り」などと看板を掲げる偏狭な店も中にはあるのだが、商売人というのはどこの国でも商売上手、新規顧客開拓に余念がない。

英語が喋れる一般日本人はあまり居ないだろうが、ここ市場では店員が「流暢な英語」を話すのである・・・・まあ数こなしてますから、慣れています。ある場内のカレー屋(何故市場でカレーと思うかもしれないが、まだ寿司を食べれない外人は居るのです)の主人には恐れ入った!入ってくる外人に:

Curry only! No Sushi! OK?

....OK.

Spicy or Mild or Mix?

.....Mix

Five Hundred, Thank you!

ぬぬぬ。素晴らしー!あなたはスーパー国際人でーす!しかしこの主人次に入ってきた馴染みの日本人にも同じことをやって、

「何やってんだよ!俺だよ」

「あっいけね!」何て舌出してやっているんだから。。。。笑える。

さて、この市場に時々海外からのお客様を案内することがあるのだが、ちょっと感動した話がありました。それが今日のお題です。普通命の次に大事なものとなると・・・大抵どこの国でも家族と来るそうです。それが中国になるとお金と来るそうです。さすが超押しの強い人民!お金の為だったら何でもという良くないイメージが私の中にもありました。

実際案内した香港で複数のレストランを所有する料理屋の跡取り息子(米国有名大学留学経験あり)は、「香港では、これ”大トロ”って実際違うものを店で出す・・・結構当たり前に良くある」とのこと。・・・・ぬぬぬ、やはり段ボール肉まんは誇張では無かったか。とうの中国人が言うのだ間違いない。しかし昔は香港人は広東語オンリーでマンダリン(北京語)を話さなかった。しかし最近はマンダリンを話す人が増えたそうである。・・・・・この人が「だって最近本土からの客が増えて、マンダリンを喋れた方が商売に有利だから・・・」と言いながら目を伏せた表情が、「片言でも英語を喋った方が商売に有利」というカレー屋の御主人に共通のものがある。経済力には勝てない・・・だけどどこか府に落ちないというところか。

そしてかの有名な大○寿司の列に並ぶ、そこはいつも1時間から2時間待ち覚悟の店だ。正月明けで空いていた直ぐに入れた。(私が見たところお馴染みさんは並ばず裏口から入ってくるみたいです。しかもおまかせのネタも明らかに違ってました) しかも左側の店の一番入り口、そう親方にじきじきに握って貰える特等席だ。親方は一元客にもとても愛想が良く、私の連れが香港からの料理人だと告げると色々話しかけてきた。結構観光ガイドブック片手の客より、俄然気に掛るようなのである。

「そうか料理人なら味が解るよね。何の料理?そうか中華か。レストラン日本にもあるの?そうか料理屋の息子、跡取りか。えっ修業中?修業中ってのが良いんだよね」

連れが英語だか日本語だか分らない言葉で、「ソ~おいしい(So Oishii!) I'm crying. We can never eat delicious Sushi like this in Hong Kong.」というので親方に、

「親方、”泣きたい位美味しい”って言ってます」というと、

「泣きたい位美味しいって?料理人だから味が解るんだね!」と隣の弟子に嬉しそうな表情。

「泣いちゃっちゃたら困るんだよ。泣くんだったら表に行って泣いとくれ!表に泣いているやつ一杯いるけどね。あっあれは苛められて泣いているのか、わっはは!」と江戸っ子らしい掛声とテンポの良い会話・・・・好きですね、私も江戸っ子のはしくれですからね。

そしてこのあとまあ市場の置かれた状況をシリアスに話していて、予想外に押し寄せては、勝手に市場のあちこちを歩き回り、マナーも持たない、ルールも守らない棒弱無人の観光客と市場で働く人達の間で確執が生まれ一触即発の状況であると説明。

私のスタンスとしては、市場は本来「生産者→卸→仲卸→小買業者・鮨屋・レストラン→一般消費者」という仕組みで成り立っていて、場内はこの「生産者→卸→仲卸→小買業者・鮨屋・レストラン」までの取引所であって一般消費者は入れない(昔はゲートに門番が立っていた)。だがバブル崩壊とともにその状況は変化しているのだが、公的には制度は変わっていない。一般消費者ならず、買いもしない(大きなブロックはそもそも買えないし、鮮魚をお土産に買えるわけもない)観光客がわんさか押し寄せ取引や搬送の邪魔をしたり、ましてや勝手に商品に触れるなんてありえないことだ。だが毎日のように見るのだよ、写真を撮る際に商品に手をかける「馬鹿観光客」。どっかの馬鹿観光客が、どうやらウニのセリ場に行ってプラスチックのケースを開けちまったらしいんだよこいつが(江戸弁)、でそれ以来外国人観光客が締めだされたっていうんだから、困りもんですよ。ちゃんといけない事はいけないっていう、まあ当り前のカルチャーですわ。それを観光客を責めず、追い出した側を非難するまた非常識大人も居る訳で、まあ外国人を歓迎する人とそうでない人で市場は真っ二つってところです。私はフラッシュ焚いた外国人や商品に触る馬鹿には大きな声で呶鳴りますが。。

でそれらをこの香港の料理人に話したんですわ、「You know, workers here are extremely sensitive to that.(ここの売人は商品に勝手に触れられるのを極端に嫌いますから、あなたも料理人だからわかるでしょ?)」と目くばせすると、

オーバーアクションで、「当たり前だよ!僕たち料理人にとって食材がどれ程大事か!本当極端な話、命と同じかそれ以上大切だよ!」

・・・・・これを聞いてどんなに嬉しかったか。そう国や文化が違えど、職人のプライドというものです。段ボール肉まんを売る人も居れば、「食材は命より大切」という料理人!この人の店は名店に違いない!

行列の出来る鮨屋の親方対食材にこだわる香港の料理人←鉄人プライド

「あールミー、今度香港に来るときは絶対にメールしてね、おふくろの店にぜひ来てくれよ!日本で世話になった人だって言ったら絶対ただでごちそうしてくれるよ!」

「えー嘘~!今迄言った中国人に対する悪口、あれ全て嘘!段ボール肉まんなんて一部の人だけよね、全て取り消すわ!!!」←げんきん女

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2007年12月29日 (土)

I like what I see.

I like what I see. これは「目の前の光景が好き」「とってもハッピー」というセリフです。

海外ドラマで良く出てきます。どんな時かと言いますと、ナイスバディの彼女をしとめ、初めて部屋に呼んだとする。服をそろりそろりと脱ぎ始めたところで思いっきりゆるんだ顔のお兄さんが、I like what I see.

銀行強盗の女親玉。手下に強盗をやらせて、自分はアジトで待つ。見事大金を持ち帰った手下をハジキで始末し、カリブの島で一人占めの大金とシャンパンで乾杯、I like what I see.

私はというと上記のいずれでもありません・・・・

一学期「5・4・5」→2学期「5・5・5・A」

冬休みを前に今年度の英語の成績が出そろいました。私の中1教え子の英語の成績です。パチパチ!

I like what I see!

しかしそれと前後して「先生、今年も一年ありがとうございました。おかげ様でまた5が取れました!」等々とお歳暮が届けられ、全てが生菓子・ケーキ・チョコ。

これを全て食べたら豚になる!

I don't like what I see now!

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2007年12月20日 (木)

当たり前のこと・・・

あいかわらずボヤキで始まって申し訳ないが、またこのことである。最近「日本人の質が低下」したとあちらこちらで語られているが、これはとどのつまり、

「当たり前が通用しなくなった」からに他ならない。ほとんどこれで説明が付く。

  • 社会のルールは守らなければならない。
  • 他人に迷惑をかけてはならない。
  • 嘘を吐いてはいけない。
  • 物を盗んではならない。
  • 人を殺してはならない。
  • 弱い者いじめをしてはならない。
  • 親は子、子は親を大切にしなければならない。
  • much more....

しかし、昨今は子供たちに「何故してはいけないの?」と聞かれて答えられない大人が多いらしい。「どうして人を殺してはいけない?」という問いに、「日本人の品格」でブレークした東大教授は「ダメなものは駄目」と教えなければならないという。

私はそれは道徳のあまり良い教え方では無いと思う。私だったら「悪いことをすると必ず・・・(強調)必ず自分に返って来るから」と諭すだろう。私は色々な人を見て来た、自分でも色々な体験をしてきた。そしてこれは断言するが、悪いことをすると必ずしっぺ返しが来る。それが遅いか早いかの違いだけだ。反対に善行は必ず自分に返ってくる。中にはどんなに良い事をしても、恩を仇で返すような人物も居るが、それは心配するまでも無く、その人が最終的には対価を払うのである。

英語ではpayという動詞を用い”付を払う”という言い回しをする。

You will eventually pay. (最終的には(自分のしたことに対し)付けを払う) とか He is paying.(彼は自分のしたことに対し今付けを払っている)という言い回しをする。論理的思考の言語お国柄故、当然Cause(原因)/Effect(結果)は明らかな関連性があるのであろう。

こういう風に考えると肩の荷が軽くなる。私のように、フラッシュカメラ禁止とある観光地等で、フラッシュカメラを使っている非常識な観光客に、関係者でもないのに「フラッシュカメラ禁止ですよ」と大声を出してウォッチドッグをして歩く必要性も無くなる(笑)。

また私の好きな言葉で、Living well is the best revenge.というのがある。これは直接仕返しをしなくても「自分が良い人生を送れば、金銭的にも精神的にも、それが仇への一番の復讐である」というセリフである。

さて、ここまで最も偉そうな事を書いてきたが、「まだまだ達観出来ない・・・・・人間だもの(みつを)」(笑)。

そしてまた戦って参りました!(←またですか~)

今度の相手は風呂場の場所取りオバさん。場所は最近オープンしたばかりのスポーツクラブの浴場であります。

私はコンタクトやメガネを外すとほとんど見えません。風呂場に入り開いているカランに腰をかけ、クレンジングでメークを落としに掛かりました。女性の皆さんはご存じだと思いますが、メーク落としというのは手が濡れていると効果が半減するのです。なのでまだ手が濡れて居ないうちにこのメーク落としを終了しなければならないのです。

しかしふと見ると脇に誰かの洗面道具のかごがある。誰かが置いてサウナでも行っているのだろうとそのままこの大仕事に取り掛かる。これはとても大切な一日を締めくくる儀式大仕事で、この成功如何でその後の気分がかなり左右されるのだ。

すると背後から甲高いおばはんの声、しかもかなり自信たっぷりで、何様というより、沢尻女王様という感じ、かなり芝居がかった口調で、

「あの~」と自分の持ち物を指す。もちろん素っ裸。

私は「あ~すみません」と言いながら、「どうぞ(お取りください)」とジェスチャー。何が何でも手が濡れてはならない。

するとその芝居がかったおばはんは、「あの~それ私のものなんです」と。

「はい、だからどうぞお取りください」・・・「何か?」という反応。

するとそのおばはんは「私自分の荷物でこの場所を取って居たんですの、さあどいてください」と。沢尻ババー。

「あの、荷物で場所取るのは遠慮してくださいってありますよね」

「それは混雑している時でしょ、今は混雑していませんから。私は湯船に浸かるためほんの一分離れただけです。さあどいて下さい。あちらが開いてますよ。(と二つ向こうのカランを指す)」

「はぁ?(むっとする)混雑していないんだからあなたがあちらにいらっしゃったら良いんじゃないですか?私もう始めてますから」とクレンジングのボトルを指す。

「でもまだ蓋を開けてらっしゃら無いでしょ。(おめーに関係ねーだろ!) さあ、さあ!!!」と芝居がかったオーバーアクションで風呂場中に響き渡る声。風呂場中の注目。

ここで引き下がるような「お米」ではないので、おばさん対決、「売られたケンカは買ってやろうじゃないか」と桜吹雪の入れ墨で啖呵を切る(←嘘)。

「あの!場所取り禁止ってなってますよね!」←桜吹雪

「さあ!さあ!向こうに行きなさいよ!」←場所取り沢尻ババー

そこで以外な助け船、助太刀参上、となりのカランに居た女性が場所取りババーに

「ルールで決まっていることなんですから、あちらに行った方が良いですよ」と。

(かたじけない、武士の情けじゃ!)←桜吹雪

するとその場所取りババーは多勢に無勢、「あらそう」等と言い、二つむこうのカランに引き取る。

「(ふざけんなバーロー!)」←桜吹雪

さっそく家に戻り家族に報告、

「何だそいつ、変な奴。程々にしときなよ。」←桜吹雪一門

「でもそのあと睨みつけたら、こそこそと端っこをネズミのようにバツが悪そうに歩いていたよ」(勿論スポーツクラブのフロントに「あの人です」と苦情を言ったのは言うまでもないが・・・・笑)

いつも「正義は勝つ」とか言いながら曲ったことが大嫌いな桜吹雪一門は、

「フフフ、一度敗北したら、後は惨めだな!」

「今になって付けを払っているてことね」 She is paying  it now.

今にジ・○○って言われるかしら(過去ログ参考)。。。。。

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2007年12月13日 (木)

2007年の世相を漢字一文字で表す年末恒例の「今年の漢字」に「偽」が選ばれた。

ちなみに公募で選ばれた今年の漢字だが、2位は「食」で3位は「嘘」であった。発表に当たって清水寺の貫主は「利益の為なら人を騙しても良いという嘆かわしい世相になった」とおっしゃっていた。

さて私は皆さんに問いたい。果たしてこの「偽」は2007年単独の世相であるのか?いやそれは明らかに違う。今年明るみに出た数々の食品偽装、消えた年金問題、肝炎訴訟、上げればキリが無いが・・・・・・・これらは過去何年にも渡って巧みに隠されていた問題が今年になってようやく明るみに出たものばかりだ。

ということは、「偽」は存在して「当たり前」、「社会の必要悪」、「しょうがない」、「暗黙の了解」という「偽りを是認する考え方」が何時の時代からか日本人の心に巣食っていたとしか思えない。そしてその考え方が自分の心までを少なからず蝕んでいたのかと思うと恐ろしくなる。

実のところ私自身このような経験があったのだ。もう何十年も前高校時代、中央線の某ターミナル駅前のケーキ屋でアルバイトをした。店員は冷蔵庫よりショートケーキを取り出し店頭のショーケースに出すのだが、先輩の主のようなアルバイト店員が、冷蔵庫より取り出した箱の中からこんもりと白いカビが積もったショートケーキだけ取り出し、残りを平然とショーケースに並べ、売る時は「販売日」を「製造日」とするハンコを押して販売していた。明らかに1週間も冷蔵庫に眠っていたショートケーキを販売日当日に製造として売るのは「食品偽装」以外の何物でもないのだが、その時は、

「ふーん、世の中ってこうなっているんだ」位にしか思わなかった。今思えば「慣れ」というのは恐ろしい。

しかしこの考え方に変化が表れたのはミートホープ事件が原因だと言われている。それ以降保健所には明らかに内部情報と思われる食品偽装の通報が殺到していると言われる。これはある意味私は「日本人の良い兆候、成熟に差し掛かっている証拠」だと考える。数年前大阪で牛肉偽装を一人勇気を持って告発した倉庫会社の社長が居た。しかしその時の世論というか業界人は告発した社長を悪者にし、業界で干してその会社を結局潰してしまった。社長は路上で本を売って再帰を誓っていたが・・・・。もともとそういう業界だった。

しかし今回は明らかに世論がノーを突きつけた。そして「悪いことは悪い、嘘は悪い」という全く持って当たり前の道理がどうどうと幅を利かせる世の中になってきた。その原因は幾つか考えられる。一つに、私は国際化による異文化流入を考える。

私が主宰する英語教室では海外文学の読書を積極的に取り入れている。その過程で、やはり文化的に感性が違うなと感じ説明が必要な個所が多く出てくる。例えばイギリスの大作家ディケンスの「大いなる遺産」での話だが、

主人公ピップはエステラという心の冷たい、だがロンドン一美しい女性に恋をしている。しかしエステラはベントレーという金持ちだが残忍でハンサムな男と親しくしている。ある日パーティーでベントレーは「エステラは僕のもの」と公言し、ピップは嫉妬のあまり、

「You are lying. You are a liar.」とベントレーを嘘吐き呼ばわりしてしまうのだ。

後になりエステラが親しくしているのは事実であると認め、ピップは公の席で謝罪をしなければならなくなる。

ここでやはり説明が必要になった。欧米では「嘘を吐く」ということはとても悪いことであると。もちろん何度も語っているが英語には「仕方がない」という表現は無い。嘘は悪いことなのである。それだけ悪いことを相手がしていると非難する、「嘘吐き」は暴言であると・・・・らしい、私の経験では。少なくとも日本人の感覚とは違う。ただそれと「嘘を吐く人が多いか少ないか」は全く別の問題だが、「嘘を吐くことは良いこと」という文化は無い。

日本人は「嘘っそー!?」と良く平気で言うが、それを英語にすると You must be lying. なのだろう。でも多分 それに相当する英語は「You must be joking.  You must be kidding.」 (冗談を言っている、ふざけている)というのが近いように思う。

多くのアメリカ人の友人がいるが、大学在学中ふと何気無いことでハウスメートと喧嘩し「You are a liar.」と言ってしまったのだ。その子は黒人の20歳女子学生で・・・・・そして別のハウスメートのところに行き泣いていた。私はかなり驚いたことを覚えている。そういえば別の友人のモットーは、Honesty is the best policy.(正直に勝るもの無し)と事あるごとに言っていた。

かたや日本、世界でも悪名高い「本音と建前」の社会。「嘘」は「良い事」「仕方の無いこと」「必要悪」で、「相手への思いやり」と屁理屈を付けてまで正当化している。ある意味「本音と建前」を会得するのが、大人になる通過点であり、それを会得出来ないものは社会で上手く遣って行けない落伍者とまで思われる。

大阪府知事に何万パーセント立候補しないと断言し、一夜明けて「大阪を子供達の笑顔が溢れる町にしたい・・・・・」って違和感あり、もともと大っ嫌いだが。大阪では昔から「受ければ良い」「面白ければ良い」「その場さえ済めば良い」的に空気を吸うように嘘を吐く文化があるようだが、江戸っ子の感覚、武士文化とは相容れない。

・・・・・いやそうじゃ無いだろう、悪いことは悪い。嘘は悪い事だ。明らかに社会がそういう風潮に動いている。そしてもうひとつの風潮の変化の原因は格差社会だろう。格差が広がり生活にみな不安を抱えて生きている。その中で、「利益の為には人を騙しても」という考え方に人々が憤りを感じている。そしてそれを「我慢しなくなった」。人々が小さなノーをどんどん突きつけ、それが社会風潮となり「偽」の排除に向かう。それはそれで良いことだと思う。2007年は日本人の自我が目覚め始めた年、そうである気がする。

しかしその世論の変化に未だにKYの政治家達、「消えた年金」の全面解決を約束しておきながら自ら「消えた総理」、その後の総理は「約束した覚えがない」とか「短くして言った」等、

「偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽」

・・・・2007年を「今年の漢字」で締めくくってくれて有難う。多分貴方達が「消えた政府」になる日もそう遠く無いでしょう。

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